人間は何万年もの間、自然のリズムにしたがって生きてきました。しかし、現代の私たちを取り巻く環境は、文明の発達により生活の便利さを与えた反面、自然のリズムを失い肉体的・精神的にも過剰なストレスをもたらしています。そのため、本来人間に備わっている生体の調節力がうまく働かず、バランスを崩しがちになっているようです。近年、世界各地で異常気象が続いていますが、自然自体も調節力を失ってるのかもしれません。

 本来、人間が持ってる体の調節力や回復力を自然治癒力と呼んでいます。この自然治癒力がしっかりと機能していれば病気になりにくく、また病気になったとしても早く回復することができます。しかし、現代の人間は不規則な生活をおこない、体に変調をきたせば安易に薬に頼り、自然治癒力の代行をさせてその能力を失わせてしまっているように思います。そのために、ますます薬に頼らざるを得なくなり、最終的に薬の副作用に悩むと言った悪循環に陥ってしまうのです。決して薬を否定しているわけではありません。ただ、本来の自然治癒力をきちんと機能させた上で、上手に薬を使っていくことがより良いと思うのです。

 東洋医学の世界では「未病治」と言う考え方があります。これは、「バランスが崩れ始めてはいるが未だ病気にはなっていないといった段階で治療をし、病気にならずに済ませることが理想的である」または、「ある個人のどの部分に将来どんな病気が現れ、どうなるかを具体的に診断・察知し、発病させないための治療を行う」といった考えです。この考えによって確立した治療が鍼灸です。鍼灸は、薬や手術といった体の外から強い治療力を働かせるものではなく、あくまでもその人自身の自然治癒力がうまく働くように手助けをするものです。

 では、どうして鍼灸で自然治癒力を高めることができるのでしょうか。人間の生理機能は、自律神経と呼ばれる交感神経と副交感神経といった二つの神経によって調整されています。交感神経は、主に血圧を上昇させたり脈拍を増加させ、胃腸の消化吸収作用を抑制し、体を緊張させ、体が活動するのに適した状態を作ります。また副交感神経は、血圧を下げたり消化吸収を促進したりして体がリラックスする状況を作ります。自然治癒力をうまく働かせるためにはこの自律神経の調節力を高める必要があるのです。近年、科学的な実験データにより、体のどこにどのような刺激をどのような状態で与えれば自律神経の働きがどのように変化しやすくなるということがわかってきました。つまり、自律神経の働きを理想の方向に導くための手助けができることがわかってきたのです。

 鍼灸は、頚や肩、腰、膝といった部位の筋の緊張を和らげ、血行を良くし、痛みをとることにとても優れた治療法です。しかし、鍼灸はそれらのことだけでなく、自然治癒力を高めることにより、いわゆる不定愁訴(明白な器質的疾患が見られないのに、様々な自覚症状を訴える状態)とよばれるものや、様々な慢性疾患にも対応できるとても優れた治療法なのです。そして何より、副作用といったものがない体に優しい治療法なのです。


 

鍼灸について